公益財団法人聖バルナバ病院

卒業生の声

■ スケッティ―ノ潤子 
第59回生(1982年度卒業)

私は現在オーストラリアの公立病院で助産師・ラクテーションコンサルタン トとして仕事を致しております。
私が助産師という仕事に憧れて聖バルナバ 助産師学院に入学したのは32年前の事です。
学院の諸先生、病院の先輩方 から母子看護・助産の基礎知識や技術そしてそれをどのように母子に提供す れば良いかを懇切丁寧に教えて頂きました。 学院での学びが、後にオーストラリアで再びこの道を歩む決心をした時に大いに役に立ちました。
この仕事を通して多くの専門職の方に出会い、貴重な経験をさせて頂き精神的にも大きく成長出来たと思っています。助産師という仕事は私にとって単なる生活 の糧ではなく「自己実現」そのものだったように思います。
多くの後輩の皆 様に是非この素晴らしい専門性を体験して頂きたいと願っています。

■ 芽愛助産院 木村厚子 
第65回生(1985年度卒業) 

卒業当時には考えてもいなかった「開業助産師」として、8年目を迎えている私です。
長男が先天性心疾患と診断された時に総合病院で勤務することに 限界を感じ、その後は子育てとの両立ができる場所を選び、助産師として働き続けました。
私の中にある助産師として働くことの充実感がその原動力に なっていましたし、聖バルナバ助産師学院で培っていただいた聖職としての 助産師の在り方が今も私の助産師としての心意気の根幹になっています。
現在はトラウベを使うこともなくエコー・モニターとME機器を駆使すること が、多い日々ではありますが、助産師はその手の温もりを伝えることがケア するうえでは不可欠だと思っています。
その手を通して磨かれた経験がいの ちを見極める力になるのだと思います。 新しいいのちを未来に繋ぐことがで きる使命をもつ「助産師」という仕事に就けたことに日々喜びを感じていま す。この充実感を是非・・・。

■ 谷前友理 
第95回生(2013年度卒業)

私が数ある助産師学校の中から聖バルナバ助産師学院を受験した理由は、私が聖バルナバ病院で生まれていることと、私の母も聖バルナバ助産師学院の卒業生であったからです。
助産師学生としての1年間は想像以上に忙しく責任の重い職業を目指しているのだと実感することばかりでした。そんな思いの中頑張ってこられたのは、志と時間を共にする仲間がいたからです。
助産の実習は大変ですが、だからこそ絆が深まりみんなで支え合うことができました。
私は卒業後聖バルナバ病院に就職し、助産師として働いていますが実習で病院の環境には慣れていたため、1年目で覚えることが多い時期にスムーズに適応できたことが良かったと思います。
また、伝統があるので、先輩にも卒業生が多く、同窓会など世代を超えた交流があることもいいところだと思います。

在校生の声

■ 石田 美穂

大学を卒業後は企業で事務職に就き、医療に関わる機会がありませんでしたが、31歳で経験した出産を機に助産師を志すようになりました。出産から数年後、子どもの手が少し離れてから看護学校に入ってそのまま進学し、今では二人の娘も小学生になりました。学業と家事・育児との両立は大変ですが、ようやく辿り着いた専門領域を学べる喜びが大きく、毎日が充実しています。

■ 岡前 里沙

看護学生の際に行った母性看護学実習で褥婦・新生児と関わり、生命の誕生や母子の絆に感動しました。特に、妊娠・出産において女性と子どもをサポートできるよう学びを深めたいという思いを持ち、本学院に入学しました。
勉強はより専門性が高く、授業スピードも速いため大変なことも多いですが、臨床ですぐに活用できるよう工夫されており、意欲的に取り組むことができます。20人で協力し合いながら、助産師という同じ夢に向かって努力を重ねています。忙しいですが、楽しく充実した日々を送っています。

■ 坂井 愛実

4年制大学の看護学部に通っていました。母性看護から助産学を極め、女性の思いを大切にして女性のライフサイクルに応じた健康の保持増進をサポートしたいという思いがありました。学部にも大学院にも助産学を専攻する課程がなく、分娩件数が多く実習施設が充実していて、長い伝統がある本校を選択して入学しました。忙しい毎日ですが、自分の夢や目標に向かって楽しく充実した日々を送っています。

■ 福馬 昌未

学生時代、助産師に憧れていましたが、看護師の経験も積みたいと思い、8年間急性期病院で看護師として働いて いました。友人の出産体験や、看取りの経験を通して、改めて生命の誕生に関わりたいという思いが強くなり、助産師を志しました。年齢も経験も違う同級生たちと切磋琢磨し、毎日充実した日々を送っています。